HOME > 2006年 1月 21日 (土)

いっちる

一流→いっちりゅう→いっちる  今日は庵治も、いっちる寒いですわ。
 などと書くと、“いっちる”って何?と言う方がおられると思いますが、“いっちる”は庵治町でしか通じません。讃岐弁でもなく庵治弁?とにかく「すごく」とかの意。最近の言葉だと「超」とか。「超寒い」みたいな。

 僕が庵治町に帰ってきてから間もないころ。地元の草野球チームに入部しまして、そうしましたら毎試合後に“反省会”と称して飲み会があるのはこれ、大人の常識であって、まぁ基本的にただ飲んで騒いでるだけなのですが、それでもやはり、酒の肴としてその日の試合のことが話題にのぼるわけであって、そこはまぁやっぱ“反省会”的なことにもなるわけですが、例えば。
 「いやぁー。今日の相手のピッチャー、球、めっちゃ速かったっスねぇー」
なんてなことを言うと、
 「おう!いっちるじゃあ!」
と、おっさんが言う。この場合のおっさんの返事は、おお!すごかったよなあ!くらいの意。

 いやぁ、初めて反省会に出席したとき、久々に聞きました、“いっちる”。庵治小学校通ってたころは、僕もよく使ってた。みんな使ってた。
 ところがその日、家に帰って親に、「今日久々に“いっちる”聞いたわ」と言ったら、「は?それを言うなら“いっちりゅう”やろ?」と。なんでもウチの親いわく、「一流」のことだと。

 はっはーん。つまりはこうですな?
 ウチの親とかの世代、つまりは昭和30年前後生まれの世代が、小学生とか中学生のときに、“一流”をおもしろおかしく変形させた“いっちりゅう”が流行語に。あくまで庵治小とか庵治中の中だけで。
 普通、流行語、っていうと、世間ではその一年で忘れられるものですが、庵治町における“いっちりゅう”はそうじゃなかった。“いっちりゅう”はのちに、“いっちる”という、より研ぎ澄まされた形容詞・形容動詞へと変貌を遂げ、その後何十年も使われ続けたわけです。いま東京とかで「チョベリバじゃん」などと言うと「は?こいつバカ?」みたいに思われるでしょうが、庵治町で「もう、いっちるですわ」と言えば「ほんまやのぉー」といった感じで、確実に普通に通じます。

 ここまでくると単なる流行語ではなく、庵治町永遠の流行語、さらには“庵治弁”と言えるのではないでしょうか。
 ただ流行語というものに対して、人は得てしてこれを何にでも使いたがるものでして(しかも言葉の意味とか関係なく)、そこはこの“いっちる”も例外ではないわけでして。例えば先に挙げた草野球の反省会にしても。
 「いやぁー。今日の相手のピッチャー、カーブばっか投げてきて打ちにくかったっスねぇー」「おう!いっちるじゃあ!」
 「いやぁー。それにしてもおっさん、酒強いっすねぇー」「おう!いっちるじゃあ!」
 「こんな遅うまで飲んどって、奥さんに怒られんのですか?」「おう!いっちるじゃあ!」
 「枝豆注文してもええっスか?」「おう!いっちるじゃあ!」

 会話の崩壊。もう意味とかどーでもええ。とりあえず使っとけ。