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春の息吹に、あはははは

ジャガイモの芽
 見て見て。うちの畑で採れたジャガイモから、芽が出てきたんだ。春の息吹だよね。ついに庵治町にも春が訪れたんだなぁ。なんだか春って気持ちがいいよね。あはははは。

 などと白々しいことを書いてみましたが、へい、ジャガイモの芽って。おかしいやろ。毒やし。気色悪い。チューリップとかなら、さわやかやけど。
 まぁとにかく写真のジャガイモは、うちの畑で採れたやつです。

 僕も畑の手伝いとかたまにしてるんだけど、土に触れるっていいよね。疲れた心が癒されるよ。汚れた心が洗われるよ。人間やっぱり自然に帰らなきゃダメだよね。だってすごく気持ちがいいんだもん。あはははは。

 とかってさわやかなことぬかすと思ったら大間違いで、正味の話、このうちの畑というやつが、まったくもってマジしゃらくさいやつでして、これはうちの父ちゃんの庭いじりの趣味が高じて、貧乏人のくせに何を血迷ったか家庭菜園をするにはあまりに広大な土地を衝動買い、調子に乗ってやたらと野菜を植えるのはじじいの勝手だけど、種まきと収穫以外の、水やりとか微妙な雑務はなぜか僕がやらされているのであり、さらに夏場などは家族総出でも雑草駆除が追いつかず、見るに見かねた近所のおっさんが耕運機を走らせてくれるという、とにかく辺り構わず迷惑をまきちらす、ふてぇ野郎なわけです、うちのくされ畑は。
 まぁ最初はですね、田舎もんブログを運営する息子としてはですね、畑の手伝いとか野菜の写真とか、ちょっとおいしいネタかな、っておもってましたよ。最初は。
 でも実際はこの畑、マジほんまムカつくんで、ブログにほとんど書いたことないです。書いたのは今検索してみたら畑がたいへんっていう極めてネガティブな日記一回のみです。

 とまぁそんな感じで、畑っていうよりは、うちのおとんですわな、問題は。あまりに無計画すぎる。ジャガイモにしても、もうこの冬で栽培3回目なのですが、相変わらず、親戚・ご近所に配っても、まだ食べきれないほどジャガイモが余ります。いい加減節度をわきまえろよ。彼にとって家庭菜園のダイナミズムは、あくまで種まきと収穫のみで、それをいかに多く味わうかっていうことしか考えていないと思われます。「やっぱ自分で作った野菜は美味いわ!」とほざいています。ほな全部一人で食べろや。俺はもう一生分のジャガイモ・きゅうり・白菜・春菊・ナス・かぼちゃ・キャベツ・レタス・トマトいただきましたわ。

 一昨昨日の夜も、大量のコロッケと肉じゃがが我が家の食卓に並びました。
 ここ2,3日、体がだるい・偏頭痛がする・のどに異物感がある・手足がしびれる等、体の調子がすこぶる悪いのですが、炭水化物の取りすぎで血糖値でも上がっているのでしょうか?怖いです。
 また、昨日伯母が我が家に遊びに来て、「あんたんとこからよっけもろたジャガイモ、もう芽ぇが出てきてじょんならんけん、全部コロッケにしたんやけど、うちでは食べ切れんけん、食べていた」(訳:あなたのところからいっぱい貰ったジャガイモ、もう芽が出てきてどうしようもないから、全部コロッケにしたんだけど、うちでは食べきれないから、食べてください)と、大量のコロッケをおすそ分けしてくれました。おすそ分けっていうか、うちのジャガイモがコロッケに形を変えて帰還したのであります。凱旋バンザイ。お帰りなさいませ、ご主人様。

 たぶんさっきの朝食で、連続12食くらいコロッケ食ってます。
 今朝もどうも、体がだるい・偏頭痛がする・のどに異物感がある・手足がしびれる等、体の調子がすこぶる悪いのですが、炭水化物の取りすぎで血糖値でも上がっているのでしょうか?怖いです。あはははは。

少年 おっさん受験生

参考書とかテキスト
 どーでもいいのですが、僕はトーク番組オタクっていうか、ドキュメンタリー番組オタクっていうか、なんて言ったらいいんでしょう、とにかく“人となり番組”オタクです。
 要は例えば、毎週チェックしている番組を挙げますと、「トップランナー」「プロフェッショナル 仕事の流儀」「週刊ブックレビュー」「爆笑問題のススメ」「情熱大陸」とか。ゲストによっては、「スタジオパークからこんにちは」ないし「徹子の部屋」も録画します。

 でですね、来週3月14日(火)放送のNHK プロフェッショナル 仕事の流儀のゲストが、英語講師・竹岡広信先生なんです。なんでも人気漫画「ドラゴン桜」の英語講師のモデルなんだそうです。知らんかった。
 もう10年近く前、僕が密かに京都で予備校生をしていたころ、竹岡広信先生の授業受けてたもんで、今度のプロフェッショナルすごい楽しみにしています。そういえば、学校嫌いだった僕も、竹岡先生の授業だけは、毎週楽しみで楽しみで、待ち遠しかった。なんか懐かしい感覚に陥っている今日このごろ。

 当時の竹岡先生は、メガネの奥の目がぎらぎらしていて、“ビートルズ”と“ぷよぷよ”をこよなく愛す快男児でした。
 予備校に入学して初めて竹岡先生の授業を受けたとき、「このセンセは、なんかわからんけど、なんかスゴイ」と感動した少年・庵治太郎(仮名・当時18)は、授業のあと、とりあえず何でもええけん質問しとったろ、と、職員室に直行。職員室の「禁煙」と大きく書かれた張り紙の横で、英語の勉強法について竹岡先生は、タバコをふかしながら熱くご指導くださいました。

 それからはすっかり竹岡信者で、受験グッズなんて今となってはほとんど捨てましたが、竹岡関連のものはなぜか今でもとってあります。センター英語のテキストとか。はっきり言って僕の志望校に、センター試験はまったく必要なかったのですが、竹岡先生はセンター英語が専門だったので、面白そうだから受講していました。


 あと、今となっては竹岡先生著作の参考書が結構出ているけど、僕が受験生だった当事はまだなく、そんな先生がお勧めしてた参考書の1つに、「ごま600」っていう単語帳がありました。正しくはごま書房・合格英単語600ですが、なんか知らんけど、先生はごま600、ごま600言うとった。ちなみに600っていうのは掲載されている単語数です。当時、まわりの受験生はほとんどみんな、確か「ターゲット1900」っていう単語帳を使っていましたから、受験生友だちと会話してても、「お前、単語帳、何使っとん?」「え?ごま600」「どこのやそれ!?しかも600!?」って感じでした。でも結局、単語帳はごま600だけで、大学は受かったよ。

 余談ですが、上の写真の僕のごま600はぼろぼろで、もうページもばらばらに壊れています。そんなになるまで使い込んだのさ、ふふ。というのは7割がたウソで、実際は、まわりの受験生を威圧すべく、参考書使い込んどる感を自己演出。すなわち買ってきたその日にまず本のカバーをゴミ箱に捨て、表紙をぐしゃぐしゃにしてやりました。なんなら何ページか破いて紙飛行機つくってベランダから飛ばしてやろうかと思いましたが、そこは性根が貧乏性。600でも心もとないのに、ごま576なんて話になった日にゃあ、シャレんならんと判断、単語帳全体をほんのりグニャグニャにするにとどめました。でも今冷静に考えてみるに、周囲を威圧するどころか、表紙には“600”ってモロ書いているわけであって、まわりの受験生には「おいおい。600かよ」って感じで、俄然ナメられっぱなしだったのではないかと思います。

 さらに余談を続けると、ごま600の表紙に、「アンドゥ」「ベルリン」「モの仕事」っていう走り書きがあって、これは確か、大学の友人が『undo
』とか『BeRLiN ベルリン
』とか『喪の仕事』が面白いよ、とお勧め映画を言っていたのを忘れないようにその場で殴り書きしたものであって、ということは僕は大学に入ってからも、ごま600を愛用していたともの思われます。

 とかって思いついた余談を書いてたら、また日記が長くなってきました。すんません。というか僕のブログは余談のみで成り立っています。

 余談といえば、竹岡先生の授業は、英語論だけでなく、雑談も相当面白かったのですが、覚えてる雑談を全部書いてたら、たぶんこの日記、あと7倍は長くなるので、それは堪えます。でもまぁなんか1つだけ。すんません。

 ある日の授業。普段竹岡先生は自分のことを「僕」とか「俺」とか、あるいはもしかしたら「私」と言っていたと思うのですが、その日の授業だけ、「おっさんは・・・」って感じで自虐的でした。やたらご自身のことを、おっさんおっさん言っていました。
 で、授業半ばでおもむろに始まった雑談によると、この間CD屋さんに行ったのだ、と。で、店内でいい感じの曲が流れてて、それを買おうと思って、店員さんに聞いたのだそうです。
「今流れてんの、ええやん。何ていう曲?松田聖子やろ?」
「・・・・・・SPEEDですけど」
 店員さんに、フン、と鼻で笑われたそうです。もうおっさんやな、と寂しそうでした。

 その話を聞いて以来、僕は18のときから、自分のことをけっこー好んでおっさんおっさん言っています。おっさんも悪くないなと思って。竹岡先生のようなキュートでカッコいいおっさんに少しでも近づきたくて。