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レディーシェーバー


《送料無料》 レディーシェーバー LD-50

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 先日、高校来の友人であるところの女子の友だち、まぁ仮にA女史としますと、そのA女史に誕生日プレゼントなんてものを渡してきました。つってもA女史の誕生日は1ヶ月前の12月だったんスけどね。遅くなってごめん。ま。それはさておき。
 なぜか高校の時から毎年かかさず、A女史とはお互いクダラナイものを送り合っているのですが、今年僕からは、レディーシェーバーなるものを贈呈してみました。おもろいかなと思って。レディーシェーバー。女の人のムダ毛処理するやつ。けっこー笑えると思って。むしろ爆笑なんじゃないかと。

 A女史は失笑していた。
 ホワイ?なんで?おもろいやん。あれぇ~?おっかしなぁ~。やっちゃった?

 ちなみに僕の誕生日は10月なのですが、去年の10月にA女史より頂戴したプレゼントは、青木さやか写真集『Ou voyez-vous?』でした。こちらこそ笑えねーよ。俺こそが失笑だよ。マジほんま無理っス。正味の話、一度も写真集を開かないまま、自分の部屋に放りっぱなしにしてあります。僕の視界に入ってこないよう注意しています。いつかBOOK・OFFに売りに行きたいけど、その勇気がありません。
 そんな迷惑千万プレゼントに比して、僕の「レディーシェーバー」を見たまえ。実用性と一発ギャグを兼ね備えておるではないか。青木さやかの写真集は一発ギャグだけやん。絶対レディーシェーバーの方がええやん。そもそもいい年の独身男が、このレディーシェーバーを買うのにどれだけ苦労したことか。

 「よっしゃ。今年はレディーシェーバーでいったろ」と僕が思いついたのが先週末でして(A女史の誕生日は12月ですが、それはまぁさておき)、でも一人で買いに行くのはなんだかなぁ、ってんで、男子の友だち、まぁ仮にB氏としますと、そのB氏にTEL。「ちょっと友だちの誕生日プレゼント買うんに付き合って欲しいんやけど」「いつが誕生日なん?」「12月」「えっ?今年の?」「あ。うん。まぁそのへん」ってな感じで、旅は道づれ世は情け、独身男の恥を分散すべく、B氏の道づれに成功、ついでに車も出してもらう運びとあいなりました。

 B氏は日曜の朝9時に迎えに来てくれました。早くね?ヤマダ電機まだ空いてないっスよ。とはいいつつ、コーヒー屋さんでモーニング。ちょうどいい時間帯となって、いざ車でゴー。と、僕は車の運転がすこぶる下手、かつ嫌いで、ゆえにあまり道路のことにも精通していないのですが、それにしてもB氏の車の行き先がどうもおかしい。なんか高速道路の入り口みたいな所に来ました。
 「ええっと・・・・・、今日はどちらに連れて行ってもらえるのでしょうか?」「え?松山」
 ヘイ。ここ高松。高松は香川。松山は愛媛。「旅のプランニングは俺にまかしとけ!!」とうそぶくB氏は、あきらかにノープランの様子でした。とんだ男を旅の道づれに選んでもーた。

 「やっぱ松山といえば、道後温泉やろ」という、明らかに思いつきと思われる決定をB氏が下したのが松山到着寸前。というかたぶん、彼にはそれしか思いつかなかったと思われる。
 「足湯めぐりしたらええやん?俺、足湯スポット全部知っとるけん!とにかくプランニングは全部俺にまかしとっけって!!」と相変わらず豪語するB氏に付いて、道後温泉界隈をさまようこと1時間、ようやく1つの足湯スポットに到着、そこで初めて自前のタオルがいることが判明。今度はタオルの買える場所を求めてまたさまよう。
 って感じで、B氏のプランニングが行き当たりばったりなのは明白であり、その証拠にその後も、行き先も確認せずに路面電車に駆け込む、いよてつ高島屋でカレーパンを買う、三越に行ってトイレに入る、等、およそ旅ともいえぬ旅の道中と成り果てたのでした。

 そしてなにより、それから高松に帰って、はたしてヤマダ電機の閉店に間に合うのだろうか?車をとめてある道後温泉に、再び路面電車で舞い戻ったときには、すでに日は沈んでいました。こんなんヤマダ間に合わんやん。まじブチ切れそうでした。
 「そんな怒るんやったら高速乗る前に、松山市内でヤマダ電機探したらええやん」という、もうすでに投げやりなB氏の意見に、さらにブチ切れそうになりましたが、しかしまてよ。確かにそれは一理ある。僕は助手席で必死に目をこらし、松山市内でコジマの看板を見つけました。

 っつーわけで、今回のレディーシェーバー、わざわざ松山で買いました。
 旅の恥はかき捨て、とはよく言ったものですが、わざわざ松山まで行かなきゃいけないほどの恥でもなかったんですけど。
 ともあれ、無事レディーシェーバー買えたとあっては、なかなかこれはこれで、楽しい旅でござぁした。足湯気持ちよかったし、チンチン電車好きやし、カレーパンうまかったし。
 でもレディーシェーバー、A女史にウケなかったので、やっぱこれ苦い旅の思い出になりつつある。うくく。
松山いろいろ

いっちる

一流→いっちりゅう→いっちる  今日は庵治も、いっちる寒いですわ。
 などと書くと、“いっちる”って何?と言う方がおられると思いますが、“いっちる”は庵治町でしか通じません。讃岐弁でもなく庵治弁?とにかく「すごく」とかの意。最近の言葉だと「超」とか。「超寒い」みたいな。

 僕が庵治町に帰ってきてから間もないころ。地元の草野球チームに入部しまして、そうしましたら毎試合後に“反省会”と称して飲み会があるのはこれ、大人の常識であって、まぁ基本的にただ飲んで騒いでるだけなのですが、それでもやはり、酒の肴としてその日の試合のことが話題にのぼるわけであって、そこはまぁやっぱ“反省会”的なことにもなるわけですが、例えば。
 「いやぁー。今日の相手のピッチャー、球、めっちゃ速かったっスねぇー」
なんてなことを言うと、
 「おう!いっちるじゃあ!」
と、おっさんが言う。この場合のおっさんの返事は、おお!すごかったよなあ!くらいの意。

 いやぁ、初めて反省会に出席したとき、久々に聞きました、“いっちる”。庵治小学校通ってたころは、僕もよく使ってた。みんな使ってた。
 ところがその日、家に帰って親に、「今日久々に“いっちる”聞いたわ」と言ったら、「は?それを言うなら“いっちりゅう”やろ?」と。なんでもウチの親いわく、「一流」のことだと。

 はっはーん。つまりはこうですな?
 ウチの親とかの世代、つまりは昭和30年前後生まれの世代が、小学生とか中学生のときに、“一流”をおもしろおかしく変形させた“いっちりゅう”が流行語に。あくまで庵治小とか庵治中の中だけで。
 普通、流行語、っていうと、世間ではその一年で忘れられるものですが、庵治町における“いっちりゅう”はそうじゃなかった。“いっちりゅう”はのちに、“いっちる”という、より研ぎ澄まされた形容詞・形容動詞へと変貌を遂げ、その後何十年も使われ続けたわけです。いま東京とかで「チョベリバじゃん」などと言うと「は?こいつバカ?」みたいに思われるでしょうが、庵治町で「もう、いっちるですわ」と言えば「ほんまやのぉー」といった感じで、確実に普通に通じます。

 ここまでくると単なる流行語ではなく、庵治町永遠の流行語、さらには“庵治弁”と言えるのではないでしょうか。
 ただ流行語というものに対して、人は得てしてこれを何にでも使いたがるものでして(しかも言葉の意味とか関係なく)、そこはこの“いっちる”も例外ではないわけでして。例えば先に挙げた草野球の反省会にしても。
 「いやぁー。今日の相手のピッチャー、カーブばっか投げてきて打ちにくかったっスねぇー」「おう!いっちるじゃあ!」
 「いやぁー。それにしてもおっさん、酒強いっすねぇー」「おう!いっちるじゃあ!」
 「こんな遅うまで飲んどって、奥さんに怒られんのですか?」「おう!いっちるじゃあ!」
 「枝豆注文してもええっスか?」「おう!いっちるじゃあ!」

 会話の崩壊。もう意味とかどーでもええ。とりあえず使っとけ。

高松市庵治町

新高松市図  新年!明けましてぇ、あっ、おめでとぉ~ございます!!
 などと、元気よさげな感じで書き出してみたのですが、この元気よさ、伝わりましたか?伝わりませんか?やっぱ伝わりませんか?そらそうですわ。だって別に元気じゃないし。やっぱ無理はいかん。今年も持ち前の“やる気のなさ”を発揮していきたいと思います。

 つーかもう1月10日っスよ。新年明けまして、もクソもないやろ、って感じです。スイマセン。
 それにしても、1月10日ってなんやったっけかなぁ?誰かの誕生日やったっけ?あれぇ~?まぁええわ。などと、若干もやもやしながら、ふと今日の地元紙・四国新聞を見ますと、あぁー、はいはい、それそれ、それね。一面の見出しに
「新高松市きょう誕生」
 の文字。

 朝起きたら“高松市民”になってもーとった。
 本日、2006年1月10日をもって、わが町・庵治町は、高松市に合併・編入され、香川県“木田郡”庵治町は、香川県“高松市”庵治町とあいなった次第です。

 したがって小生も、おほほ、“郡民”から“市民”へ昇格。わはは。市民。いいね、市民。おほほ。ブルジョア階級ですわ。
 などと、手放しで喜んでいるかというと、そうでもなく、まぁどっちかっつーと、やっぱちょっと哀しいっスね。

 しょぼい思い出話ですけど、やっぱ“高松市”なるものを僕がなんとなく意識し始めたのは中学から高校にかけてです。
 中学はもちろん庵治町立庵治中学校。中学卒業するまではほとんど庵治町の中だけで生活していました。
 で、いざ高校受験、ってときに、高松市内のとある高校を志望したのですが、中学の先生に止められました。おめぇの成績じゃ無理だと。なんでも郡部からの受験生に対する入試のボーダーラインは、高松市内の生徒のボーダーラインより20点(250点満点中)も高いんだとか。今日日の事情は知らんけど。まぁ当時はそう言われてたみたいです。
 ホワイ、なんで?って思いました。でも、その頃からっスかね。僕の中に反骨精神、アンチ・メジャー思想、一発逆転主義が芽生え始めたのは。

 そいでまぁ、中学の先生方の思いやりある進路指導をことごとく無視、しまいには親が呼ばれての校長室における特別三者面談があったのですが、それもへらへら笑ってやり過ごし、強引に第一志望を受験・合格・・・・・、ってここまで書いて思ったんですけど、今僕、えらいしょっぼい思い出話を武勇伝と勘違いして自慢げに語るおっさんみたいになってないですか?まぁええわ。誰もここまで読まんやろ。続けます。

 でね。高校入ってビックリしたんが、高松市内の生徒は、“勉強とスポーツ”とか“勉強とオシャレ”とか“勉強とヤンキー”とかを両立している人が多いってこと。つーか両立どころか、勉強できて、スポーツできて、オシャレで、遊び人っていう人も多かったと思う。みんなスマートに見えた。田舎もんの僕には衝撃的でした。庵治みたいな田舎ではちょっとそんな中学生おらんかったと思います。僕の勝手な思い込みかもしれんけど。田舎では、勉強がんばってる人はガリ勉くん、スポーツ頑張る人は勉強はおいとく、みたいな、そんなイメージに支配されていたように思います。
 じゃあ僕も高校時代はそんなスマート市民の真似をしたのかというと、性根が泥臭くモサい僕には到底無理で、だからって高松市民を敵対視していたかっていうと、それもなく、まぁ一緒に遊んでもらいつつ、やっぱ己のアイデンティティは大事にせないかんやろ、ってんで、同じ郡部出身の友だちと“郡民クラブ”なるものを旗揚げ、主な活動としては、庵治町でしか通じないマニアックな讃岐弁を普及させること、例えば「手ぇがコシケてじょんならんのー(手がかじかんで仕方ないよね)」「いっちるカッコええでん!(すっげーカッコいいじゃん!)」「アイスマン買いに行こーで(アイスクリーム買いに行こうよ)」「おせ2枚(大人2枚)」等を無駄に連発。まったく普及しませんでした。

 とまぁ、いいかげん、訳わからんようなってきましたが、とにかく常々思うことは、僕を含めて(僕だけかもしれんけど)田舎もんは、なんか考え方とか閉鎖的だよね、ってことです。えてして固定概念にとらわれてるよね、と。
 今日のローカルテレビとかでは、やれあっちの方が水道料金が安いだの、やれこっちのほうがゴミ袋が安いだの言っていましたが、まぁもちろんそういう行政のサービスはそらぁ大事だと思いますです。でも、んなこと、高松市に吸収されたんやし今さらぎゃあぎゃあ言われてもなぁ、って僕のような新・小市民は思うわけであって、新・小市民として願うことは、とにかく抜本的にこの田舎の閉鎖的な雰囲気・考え方が、なんつーかこう、開放的に、柔軟な脳みそになればいいよね、ってことです。ようわからんけど。
 ほんでその柔らかくなった脳みそで、あらためて地元・庵治町を見つめなおし、地域の独自性とか伝統とかをしっかり守っていかないかんのではないかな、と。むしろ古い頭とか偏見の色眼鏡かけたままで物事を見てたら、ほんま庵治町つぶれてしまうんちゃいますか、と。

 つーことで、ほんま何が言いたいんやら自分でもようわからんですが、とにかく新高松市と新庵治町に期待しているってことで。あと、文句言うだけじゃなくて、一小市民にもなんかできないか、っていうことをちょっとは考えたいです。逆になんもようせんのやったら、文句も言わん。以上、抱負。

 なんだか嫌がらせのようなシリメツレツ長文になりましたが、推敲なんて一切しないぜ。へへーんだ。とにもかくにも、本年もよろしくお願い申し上げます。高松市庵治町。わはは、市民。おほほ、ブルジョア。
 ついでに今年は短文の日記を頻繁に書く!それぞブルジョア・ブログ!!ってもう年明けて10日なんスけどね・・・・・。ブルジョアへの道、険し。—–