2005年 6月 30日 (木)
香川県と水不足
「庵治町渇水対策委員会からお知らせします。早明浦ダムの貯水量がたいへん減少しています。住民の皆さん、節水にご協力ください」
と、ところどころ微妙に讃岐弁なまりのアナウンスカーが連日、庵治町内を巡回しています。
いま、香川県は深刻な水不足です。香川県は基本的に毎年夏、水不足に陥るのですが、今年は半端じゃないです。1994年に大渇水があったのですが(確か「高松砂漠の再来」と呼ばれていたような気がします)、今年はその94年をはるかに上回る水不足だということです。
瀬戸内気候。
瀬戸内海に面する地域は、南は四国山脈、北は中国山脈にさえぎられて雨雲がやって来ない。雨が降らない。だから香川県には「ため池」が多いのだ。などと、確か小学校の時分に授業で習ったような気がします。完全にうろ覚えですが。その授業中、雨降らな少年野球の練習が休みにならんやん、と練習嫌いの野球少年だった僕は一人密かにムカついて、授業中であるにも関わらず、急遽内職を敢行、てるてる坊主を大量生産し、授業が明けた休み時間に完成したてるてる坊主たちを教室のベランダに「逆さ」につるし、「あめあめ坊主あめ坊主、毎日雨にしておくれ」と雨乞いをした記憶があります。
そんな香川県の大部分の自治体が、四国の水がめ「早明浦ダム(さめうらだむ)」の水に頼っているのですが、いま梅雨の時期であるにも関わらず、てんで雨が降らず、現在(29日)の早明浦ダムの貯水率は「28.1%」だそうです。ちなみに平年値は90.1%。今後もまとまった雨は期待できず、7月11日には貯水率が0%になる見込みだそうです。
そんな状況なので、我が家も節水に協力しているつもりです。例えば風呂なんかはもう、ほとんどお湯使いません。半身浴のさらに半身浴、みたいな感じです。さらにその少ない浴槽の水を数個のバケツに移して翌日まで保存、庭の植物に与える水として再利用しています。
植物保護といえば、今回の水不足を受けて、庵治町の幼稚園や小中学校に、浄化センターが下水道の処理水を提供する支援を始めたそうです。
そういえばこないだ、庵治町役場の上下水道課の人が家に来て、我が家の止水栓(左上の写真)をばっちり絞り込んでいきました。そうやって職員さんが一戸一戸回って行ってるみたいです。えらいこっちゃ。お疲れ様です。
さらに庵治町内の水不足関連のことを言わせていただきますと、7月1日に開幕、庵治町内のチームが約3ヶ月間にわたって熱戦を繰り広げる予定だった「第22回軟式野球リーグ戦大会」がこのたびの水不足を受けて、延期になりました。
ぶっちゃけた話、僕はこの大会に向けてここ2週間、夜な夜な素振り、および走り込みを徹底していたので、非常に残念だと言いたいところですが、正味の話、ちょっぴりほっとしちゃいましたわ。というのも実は、夜な夜なの素振り・走りこみは気合いが空回り、完全なオーバーワークで両手両足のマメはつぶれ、物をつかむことも歩くこともままならない状況、開幕直前にして満身創痍でした。
でもあくまで絶対「延期」であってほしい。このまま、雨が降らないので今年の野球は中止です、なんてことになったら嫌やなぁ。雨ほんま降って。
それにしても、野球を休むために学校のベランダで雨乞いをしていた野球少年が、いまや野球をするために雨を切に願っている野球道楽のおっさんになったってのも、なんか哀しい話です。
Posted by aji-taro at 2005-06-30 22:05
|Category: 庵治町での生活
Comments (0)
|
Trackbacks (0)
2005年 6月 24日 (金)
庵治町立庵治第二小学校
今週は「ハンセン病を正しく理解する週間」ということで、香川県の真鍋知事が昨日、庵治町大島の国立療養所「大島青松園(おおしませいしょうえん)」を訪問したそうです。
大島は庵治半島の北西に浮かぶ島で、その大島には、庵治町立庵治第二小学校があります。現在の全校生徒は4名だそう。
庵治第二小学校では、「大島案内ひきうけ会社」っていう活動を通して、大島青松園とその周辺の案内をしているそうです。主に他の学校なんかがハンセン病の研修・学習に大島に来たときに、庵治第二小の生徒さんが案内するみたい。
日本で唯一のハンセン病療養所に隣接する学校ということで、「大島案内ひきうけ会社」の活動以外にも、大島青松園で看護体験をしたりと、いろいろ大島青松園の方々との交流を通して学習しているようです。
そんな庵治第二小学校のホームページは、昨年の全日本小学校ホームページコンテスト、J-KIDS大賞2004で特別賞に輝きました。
庵治第二小のHPには、彼らにしか送ることのできない学校生活がいっぱい書かれています。また生徒数が少ないだけに、児童たちの活動のレポートや日記なんかは、温かみを感じるというか、引き込まれるとういか。とにかく、ほほえましいホームページだと思うのです。
いい年のおっさんが、以下のようなやすい感想を書くのもどうかと思いますが、あいにくそれに代わる敬意を表するためのスタイリッシュな言葉を持ち合わせていないので、書きます、最大の尊敬の念をこめて。庵治第二小学校の生徒さんは、ほんま偉いなぁ。立派だなぁ。
Posted by aji-taro at 2005-06-24 12:49
|Category: 庵治町での生活
Comments (0)
|
Trackbacks (0)
2005年 6月 19日 (日)
世界の中心で愛を叫ぶ 写真館の復元ほぼ決定
七海屋さん(庵治町でセカチューグッズ等を取り扱っているお土産屋さん)のブログ「七海屋日記」によりますと、映画「世界の中心で愛を叫ぶ」の写真館が復元されることが、ほぼ確定したそうです。
そんな情報に、ほほぅ、と感心していると、今日の新聞に、同じく香川県のことで、「『二十四の瞳』ドラマに 小豆島で撮影」なんてな記事が目にとまりました。
「セカチュー」と「二十四の瞳」。片山恭一と壺井栄。
どうも名作度、文豪度に差があるような気がするのはワタシだけ?「世界の中心で愛を叫ぶ」も今後20年30年と人々の心に残り続けるのでしょうか?
などと、ネガティブなシンキングはよろしくない。20年後のことは20年経ってみないとわからんですよね。地元住民の努力次第、という部分も大きいでしょうし。そもそも実際写真館の復元に向けて東宝さんと交渉したりするのは大変な作業でしょうし。横からテキトーにちゃちゃ入れるだけなら簡単ですが、その前に、いかに自分が庵治町民として主体的にポジティブなアクションを実行するかが重要なのであって、私のようなぐーたらなおっさんにとってはそのアクションが一番難しいんよねぇ、と思う今日この頃です。
我が町、庵治町は、来年の1月10日に高松市と合併します。それまでに俺、庵治町で何ができるんよ?と最近よく考えます。日に日に郷土愛、庵治町愛が強くなっていきます。
とかなんとかうそぶきながら、僕はこれといったポジティブアクションを起こしていないわけです。自分、ダメ人間ですから。
とりあえず、今僕にできることは、ささやかながらブログで庵治町を紹介・宣伝するということ。ただし、ダメ人間の僕はなんでもすぐに投げ出しがちなので、このブログの更新も嫌になって投げ出してしまうことがないよう、庵治太郎.comは密かなスローガンとして「頑張るつもりは、はなからない」をかかげています。
とにもかくにもこれからも、写真館をはじめ、その他の庵治町の面白いところを、がんがん、じゃなくて、ちょびちょびではありますが宣伝していけたらと思っております次第です。
Posted by aji-taro at 2005-06-19 13:49
|Category: 世界の中心で、愛をさけぶ
Comments (0)
|
Trackbacks (0)
2005年 6月 16日 (木)
もみあげのお手入れ
あぶなかった・・・・・・。
ここ最近、もみあげの手入れをすっかり忘れていました。
僕はけっこー毛深いたちで、2週間くらい手入れを怠ると、もみあげがジョン・トラボルタのようになってしまいます。昨日ふと鏡を見たら左の写真のような状態になっていて、この状態までくるとよく人から、もみあげが大変なことになってるよ、と注意されるのですが、一応この状態でも僕の感覚では、とりあえずジョンの一歩手前、ぎりぎりセーフか、って感じです。ふぅ、あぶなかった。
まぁ「もみあげの手入れ」とかいっても、大したことをしているわけではなくて、もみあげ・トラボルタにならない程度にたまにT字型のカミソリでもみあげの長さや幅を調節します。合わせ鏡を駆使して。つっても合わせ鏡を駆使するのはなんてゆーか人生に対してやる気に満ち満ちているときだけで、大概は鏡一枚だけで、鏡に映るもみあげを横目でぼんやり見つつ、勘で剃ります。そんなときは大抵、後で合わせ鏡でチェックすると、ジグザグのもみあげになっています。
そんな僕の理想の男はTOKIOの長瀬智也くんです。
TBSドラマ『タイガー&ドラゴン』を観ていても、長瀬くんのもみあげには惚れ惚れします。長くて微妙に末広がりのもみあげ。でもトラボルタほど豪快には広がっていないもみあげ。あくまで微妙に。カッコええ。
ドラマ『タイガー&ドラゴン』の影響で、浅草演芸ホールやなんかに寄席を見に行く人、特に若い人が増えたと聞きます。長瀬くんは浅草のさらなる発展に貢献しているといえるのではないでしょうか。
そんなイケメンにちょっとでも近づきたいと僕は密かに思っています。せっかく庵治町みたいなとこに住んでるんで、なんかこう地域に密着してる感、地域で生きてる感を匂わせる男に。もちろん、俺が庵治町をリードするぜ、みたいな大それたことはミジンコほども思っておりません、嬉しげにいったところで庵治町のことまだまだなんも知りませんから、僕。とりあえずなんか自分で気軽にできることをコツコツと。
じゃ一体、僕が今後やるべきことはなんなのか。我が町庵治町の発展をちょっとでもお手伝いするためには、何をするべきなのか。
わからん。
とりあえず明日からは、毎日もみあげの手入れをします。してみせます。さすらばおのずと道が見えてくるはず。庵治町の地域活性化にちょびっとでも貢献できるような、粋で乙な、もみあげナイスガイになれるはず。
あとやることは、ひとのこと活性化する前に、自分のブログを活性化すること。活性化させつつ、庵治町のことをちゃんと勉強していくこと。です。マイペースで頑張っていこうと思います。
Posted by aji-taro at 2005-06-16 12:16
|Category: 庵治町での生活
Comments (0)
|
Trackbacks (0)
2005年 6月 9日 (木)
いのしし、はじめました
こないだの日曜日、天気がすこぶる良かったので、チャリで五剣山登ったろ、といい年のおっさん独り、ママチャリでサイクリングしました。サイクリングっつっても、山登ってる間は、しんどいからずっと歩いて自転車押してますし、逆に下りは自転車にまたがっていれば楽チン、という状態。登りはハイキング、下りはジェットコースター、みたいな感じです。
ちなみに五剣山(ごけんざん)というのは我が町庵治町(あじちょう)とお隣牟礼町(むれちょう)の境にあるわりと大きい山で、庵治小校歌にも「南に高し 五剣山」というフレーズがあったりもします。
でまぁ、その五剣山に向かって家を出発、坂を登り始め、すっかり民家が見えなくなってきたなぁ、ってポイントで、遭遇しました。
庵治町にいます、いのしし。
知らんかった。庵治町にもいようとは。
それまでテレビのニュースやなんかで見て抱いていた「いのしし」の印象は、農家の方たちにとっては農作物を食い荒らす憎いアンチキショー、ということなんやろうけど、我関せずの僕にとっては、毛が茶色でコロコロしてて、けっこーキュートでファニーなヤツ、というものでした。
毛が茶色でコロコロしてて、けっこーキュートでファニーなヤツ。ほほ。ちゃんちゃらおかし。僕は甘かった。青かった。「いのしし」の中にもいろんな種類があるのか、庵治町に生息するいのししは、とにかくそんな甘っちょろいヤツじゃないと思われます。
僕が実際目撃したいのししは、まず毛がすごく短そうで、色は茶色ではなく、どす汚いグレーでした。しかも、コロコロしててキュートでファニーなどころか、わからんですけどアイツ、体重200kgくらいあったんとちゃうかなぁ。かなりいかつい風貌でした。さらにその図体のわりには恐ろしく機敏。バッファローの筋肉はそのままに、角をとって背丈と手足をじゃっかん縮めてみました、みたいな感じでした。
といっても、別に僕、襲われたわけじゃないんですけどね、じゃないんですけど、ハイキングの途中にあんなんにばったり出くわしたら、どなたさんも絶対ビビるはずですわ。
僕が自転車を押して歩いていたのは舗装された山道。その両脇はなんつーか山です。草木が生い茂っていて、急な斜面になっています。
そんな山道を歩いていた僕の10メートルくらい前方の左側の茂みから、ばっさーっ!と、いのししが1頭飛び出したかと思うとそのまま、どっすどっすどっす!と道を横断、右側の登り斜面に向かって、ぼっほーん!と約1メートルほど跳躍後、わっさわっさわっさ!と猛烈な勢いで茂みを登り進み、どっかに消えて行きました。その間3秒くらいの一瞬の出来事でした。
その後僕は、恐怖に支配されたハートに鞭打ち、なんとか五剣山をだいたい制覇したのですが、その道中、脇の茂みが風や野鳥でカサカサッてなる度に、びくぅーっ!と肝を冷やし続けました。帰りは、脇目も振らず、ママチャリ・ジェットコースター。
帰宅後、家の者たちにこのことを話すと、「写真撮ったらよかったやーん」などと、のん気なことを言われましたが、むーりむりむりむり。一瞬やったし。怖いし。
Posted by aji-taro at 2005-06-09 12:30
|Category: 庵治町での生活
Comments (0)
|
Trackbacks (0)