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高松市庵治町

新高松市図  新年!明けましてぇ、あっ、おめでとぉ~ございます!!
 などと、元気よさげな感じで書き出してみたのですが、この元気よさ、伝わりましたか?伝わりませんか?やっぱ伝わりませんか?そらそうですわ。だって別に元気じゃないし。やっぱ無理はいかん。今年も持ち前の“やる気のなさ”を発揮していきたいと思います。

 つーかもう1月10日っスよ。新年明けまして、もクソもないやろ、って感じです。スイマセン。
 それにしても、1月10日ってなんやったっけかなぁ?誰かの誕生日やったっけ?あれぇ~?まぁええわ。などと、若干もやもやしながら、ふと今日の地元紙・四国新聞を見ますと、あぁー、はいはい、それそれ、それね。一面の見出しに
「新高松市きょう誕生」
 の文字。

 朝起きたら“高松市民”になってもーとった。
 本日、2006年1月10日をもって、わが町・庵治町は、高松市に合併・編入され、香川県“木田郡”庵治町は、香川県“高松市”庵治町とあいなった次第です。

 したがって小生も、おほほ、“郡民”から“市民”へ昇格。わはは。市民。いいね、市民。おほほ。ブルジョア階級ですわ。
 などと、手放しで喜んでいるかというと、そうでもなく、まぁどっちかっつーと、やっぱちょっと哀しいっスね。

 しょぼい思い出話ですけど、やっぱ“高松市”なるものを僕がなんとなく意識し始めたのは中学から高校にかけてです。
 中学はもちろん庵治町立庵治中学校。中学卒業するまではほとんど庵治町の中だけで生活していました。
 で、いざ高校受験、ってときに、高松市内のとある高校を志望したのですが、中学の先生に止められました。おめぇの成績じゃ無理だと。なんでも郡部からの受験生に対する入試のボーダーラインは、高松市内の生徒のボーダーラインより20点(250点満点中)も高いんだとか。今日日の事情は知らんけど。まぁ当時はそう言われてたみたいです。
 ホワイ、なんで?って思いました。でも、その頃からっスかね。僕の中に反骨精神、アンチ・メジャー思想、一発逆転主義が芽生え始めたのは。

 そいでまぁ、中学の先生方の思いやりある進路指導をことごとく無視、しまいには親が呼ばれての校長室における特別三者面談があったのですが、それもへらへら笑ってやり過ごし、強引に第一志望を受験・合格・・・・・、ってここまで書いて思ったんですけど、今僕、えらいしょっぼい思い出話を武勇伝と勘違いして自慢げに語るおっさんみたいになってないですか?まぁええわ。誰もここまで読まんやろ。続けます。

 でね。高校入ってビックリしたんが、高松市内の生徒は、“勉強とスポーツ”とか“勉強とオシャレ”とか“勉強とヤンキー”とかを両立している人が多いってこと。つーか両立どころか、勉強できて、スポーツできて、オシャレで、遊び人っていう人も多かったと思う。みんなスマートに見えた。田舎もんの僕には衝撃的でした。庵治みたいな田舎ではちょっとそんな中学生おらんかったと思います。僕の勝手な思い込みかもしれんけど。田舎では、勉強がんばってる人はガリ勉くん、スポーツ頑張る人は勉強はおいとく、みたいな、そんなイメージに支配されていたように思います。
 じゃあ僕も高校時代はそんなスマート市民の真似をしたのかというと、性根が泥臭くモサい僕には到底無理で、だからって高松市民を敵対視していたかっていうと、それもなく、まぁ一緒に遊んでもらいつつ、やっぱ己のアイデンティティは大事にせないかんやろ、ってんで、同じ郡部出身の友だちと“郡民クラブ”なるものを旗揚げ、主な活動としては、庵治町でしか通じないマニアックな讃岐弁を普及させること、例えば「手ぇがコシケてじょんならんのー(手がかじかんで仕方ないよね)」「いっちるカッコええでん!(すっげーカッコいいじゃん!)」「アイスマン買いに行こーで(アイスクリーム買いに行こうよ)」「おせ2枚(大人2枚)」等を無駄に連発。まったく普及しませんでした。

 とまぁ、いいかげん、訳わからんようなってきましたが、とにかく常々思うことは、僕を含めて(僕だけかもしれんけど)田舎もんは、なんか考え方とか閉鎖的だよね、ってことです。えてして固定概念にとらわれてるよね、と。
 今日のローカルテレビとかでは、やれあっちの方が水道料金が安いだの、やれこっちのほうがゴミ袋が安いだの言っていましたが、まぁもちろんそういう行政のサービスはそらぁ大事だと思いますです。でも、んなこと、高松市に吸収されたんやし今さらぎゃあぎゃあ言われてもなぁ、って僕のような新・小市民は思うわけであって、新・小市民として願うことは、とにかく抜本的にこの田舎の閉鎖的な雰囲気・考え方が、なんつーかこう、開放的に、柔軟な脳みそになればいいよね、ってことです。ようわからんけど。
 ほんでその柔らかくなった脳みそで、あらためて地元・庵治町を見つめなおし、地域の独自性とか伝統とかをしっかり守っていかないかんのではないかな、と。むしろ古い頭とか偏見の色眼鏡かけたままで物事を見てたら、ほんま庵治町つぶれてしまうんちゃいますか、と。

 つーことで、ほんま何が言いたいんやら自分でもようわからんですが、とにかく新高松市と新庵治町に期待しているってことで。あと、文句言うだけじゃなくて、一小市民にもなんかできないか、っていうことをちょっとは考えたいです。逆になんもようせんのやったら、文句も言わん。以上、抱負。

 なんだか嫌がらせのようなシリメツレツ長文になりましたが、推敲なんて一切しないぜ。へへーんだ。とにもかくにも、本年もよろしくお願い申し上げます。高松市庵治町。わはは、市民。おほほ、ブルジョア。
 ついでに今年は短文の日記を頻繁に書く!それぞブルジョア・ブログ!!ってもう年明けて10日なんスけどね・・・・・。ブルジョアへの道、険し。—–

Comments (2)

庵治を出て15年くらいになります。携帯で偶然このHPを見つけました、庵治しか通じない方言なんか懐かしくて泣きそうです。
高松市庵治町かぁ?なんかしっくりきませんね( ̄〇 ̄;)

>ともさん

コメントありがとうございます!

確かに“高松市庵治町”ってなんか違いますよね。

よかったら今度パソコンでもこのHPを見てみて下さいませ。
“庵治町の写真”コーナーに、けっこう庵治の写真載せてますんで、さらに懐かしさを感じていただけるかもしれません。

ではまた。

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